暮らしの手帖
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ダウンライトに頼らない、暮らしを豊かにする明かりの作法
照明は単に室内を明るくするだけの道具ではありません。数値化できない「心地よさ」や「精神的な安らぎ」をいかに空間に宿すかという視点で照明計画をすることが大切です。多くの住宅では、部屋の隅々まで均一に明るくすることが良しとされる傾向にありますが、それでは人間の想像力や心が解放される「闇」の深みが失われてしまいます。本当の意味で豊かな空間とは、明るい場所と静かな闇が共存し、そのアンビバレンス(相反する感情(好き嫌い))な要素が無理なく包み込まれている状態を指しています。住まいの質を劇的に高める照明のレイアウト術を紐解いていきます。
1. 「明かりの重心」を低く下げる
キッチンやワークスペースなどは手元をしっかり明るく照らしてあげますが、それ以外のリビングやダイニングなどの空間を落ち着かせるための鉄則として「明かりの重心を低くすること」が挙げられます。シーリングライトやダウンライトといった天井から煌々と明るい光を照らすのではなく、壁に取り付けるタイプのブラケット照明やスタンド照明などを用いながら、明かりの重心を低く抑えることで落ち着いた、雰囲気のいい空間になります。オフィス、コンビニのような青白い無機質な明るい部屋とは異なり、暖色系の色味がより空間の質を高めてくれるはずです。
2. 「ヒュッゲ」の思想
ヒュッゲ(Hygge)とは、デンマーク語で「居心地が良い時間」や「心の安らぎ」を意味する言葉です。デンマークは冬が長く、日照時間が極端に短いという厳しい自然環境にあります。そのため、人々は家の中で過ごす時間をいかに豊かに、暖かく、そして親密なものにするかを追求してきました。その過程で育まれたのが、キャンドルの炎を囲みながら家族や友人と語らう時間や、お気に入りの椅子で読書に耽るひとときを慈しむ「ヒュッゲ」の精神です。これは単なる「おしゃれなライフスタイル」ではなく、厳しい環境下で精神的な健やかさを保つための生存戦略でもありました。現在では、世界幸福度ランキングで常に上位に位置するデンマークの幸福の源泉として、忙しい現代社会を生きる私たちに「今、ここにある幸せ」に目を向ける大切さを教えてくれる概念として広く浸透しています。
3. 明るさだけでなく、暗さもデザインする。
暗いことは悪いことだ。というような風潮もあり、明るく!明るく!と、現代の家づくりは行われているように思われます。均質で明るすぎる空間では落ち着きは生まれません。かつての日本家屋も持っていた深い陰影が精神的な安らぎも持っていたように思います。現代の住宅では効率性が優先され、闇や不便は排除されてきました。しかし、効率だけでは語れない要素が、暗さ(闇)には含まれているように感じます。だからと言って、明るさが悪い。という訳ではなく、明るさも暗さもどちらもが介在するような、場所が必要だということです。それが奥ゆかしさや、落ち着きなどに繋がっていくのだと思います。
4. まとめ
照明設計の最終的なゴールは、数値や理論ではなく、身体が感じる「気持ちよさ」にあります 。巨匠・吉村順三氏が「どうして池(や照明)を作るのか」という問いに対し、「だっていいでしょう、気持ちいいでしょう」と答えたように、直感的な心地よさを信じることが大切です 。ダウンライトを消し、低い位置に小さな明かりを灯す。それだけで、住まいはただの箱から、健やかで幸せな「居場所」へと変わっていきます 。すべては「そこで何をして過ごしたいか」という問いから始まります。これまでの慣習にとらわれず、必要な場所にだけ光を置き、お気に入りの居場所を散りばめることで、住むほどに愛着が湧く空間を作り上げることがよりよい豊かな暮らしに繋がっていくのだと思います。


